月: 2015年10月

朝のキッチン

静かな気持ちで、朝の清らかな光のなかで、
軽めの朝食と、愛らしいリズムを刻む軽快な音楽。
限られた時間、数十分。
言葉を使うことは楽しくて、おもしろくて、すこしこわい。
畏れ多くて当たり前。
一語一語に、宿る言霊。
包むように、暖めるように、大切に。
よき精霊を放つ。
一晩寝かせた味噌汁と、北海道のお米ゆめぴりか。
温かいものを身体に入れると、
根源的な力がわいてくる。
夜のメニューもわいてくる。
食材に触れて、
丁寧に手をかけて、
祈りをこめて、
調理する。
命をいただく。
食べるとほんとうに、すごく動けるのだ。
信じられないようなパワーに満ちて、元気になる。This morning’s brightness reminds me that really wonderful thing.買い物に出て、
キッチンに立ち、
野菜を切って、
水にさらして、
お湯を沸かして、
火加減をみて、
スパイスは絶妙のタイミングで、
たいていは、味見しなくても大丈夫、
盛り付けはアート、
香り立つ湯気は引き立て役、
そっと口に運んでみて、
いや、かっこんでもらってもかまわない、生命の源たる大自然、キッチン、食卓。食事も、会合も、森の散歩も、
命を感じたくてするのかな。グリーンに、青く輝く海に向かって叫んでた日々
「生きてる実感わいてきた‼︎」

圧倒的な夕暮れののち、
市場に急行するに限るでしょう。

無伴奏チェロ組曲 J・S・Bach

太い太いパイプを通る。
壁面は厚く、木肌は温かい。
そこを抜ける強い音、重なり、交わり、一体となる。
ねじれながら、揺れながら。
確実に前へ、前へ、その向こうへと。
幅の広いステップを踏み、上がり、下がり、また上がり。

繰り返す主題。
しつこく、甘く。
せつなく、激しく。

身体の中心から、世界に開かれる宇宙の魂。
こみあげる、突き抜ける。
エピローグの高まり。
ほとんど悟り。

再生、再生、再生。

サウンドのミルフィーユ。
一度に召し上がって、とろけるように。

遥か昔から伝わる、美しき音の塊。
絶妙な取り合わせ。
バッハ殿、時代は変わってここは日本。
私たちはあなたの作品を現代もこうして愛でています。

何千、何万、何億の人間の、記憶が宿る。
音の、一粒一粒に。
その、香り立つような艶めきに。
煮えたぎる欲望も、ささやかで逞しい願いも。

どれだけの感情が、情動が、この曲に織り交ぜられてきたのだろう。
時を越えて、長く遠く。
音楽を通じて、過去と未来が繋がる。
現在を経て、彼方から、彼方へと。
一筋の、大河のように。

この祈りも、いつしか未来のどなたかに伝わるだろうか。
その片鱗でも。

こげ茶色の、木目のような質感の、もっくりとしたサウンドに乗せて。
協奏曲をまるごと、
耳から歓迎しよう、
鼻から息を抜いて、
全身を作品にくるませよう。

悠久の時代を、旅するように。

海水と淡水の混ざるこの場所で ―水色の海獣 another story―

マングローブの林を抜けて、汽水湖へ泳ぎ出る。
皮膚にあたる細かい若葉。
木々の間から木もれびとなって降り注ぐ秋の光。

湖のほとりを歩く人間の子どもと目が合ったのは少し前。
輝く瞳は未来への希望。
若々しい体つき、成熟を拒むような純粋さとあどけなさ。
でも僕は見逃さなかった。
愛らしい瞳のなかに、とてつもなく深い孤独が潜んでいることを。

人間の形をした別物だろうか。
いや、違う。
もはや別物のようになってしまっている人間がいるのを、僕は知っている。
大海に出れば仲間はいるが、僕は陸の際のところで僕たち以外に会うことを楽しんだ。
仲間は言った、「気をつけて、狩られるよ」と声にならない声で。

もう少し近くで見たくて、水際まで泳ぐ。
瞬間、子どもの全体が虹色に光るのを見た。
安全以上、同種未満。
子どもはただ、僕を見ていた。
欲よりも願いの、情けよりも愛の眼差しで。

よく見るとそれは人間の成体で、僕はそいつの魂と出会っていたのだと知る。
まるでまるごと子どものような、ほんとうに。
そのままの、傷つきやすい、まっすぐな、まっさらの、まるいまるいつやめいた魂。

僕を育んだものたちからも、ひとつの世界だけでは生きられないと予言されていた。
子どもみたいな人間は、いつも僕が泳いでいるのを見ている。にこにこしながら。
それでどこまでも泳いでいこうとして、遠く遠く沖の方へ行ってしまいそうになるんだ。
来たほうを見やると、陸が向こうのほうにあってミニチュアの世界が作りものみたいに見える。
かろうじてそこにいるのが見えるのだけれど、僕は急にひとりだって気づく。
慌てて陸に戻ろうとすると、大海原の神様が沖に光を走らせて僕の気を惹こうとする。
ただ陸に面して生き物と交わって、自由に海に戻りたいだけなのに。
青い深い広いどこまでも続く絨毯のようなその海は、その蓋を閉じずにいつでも待っていてくれる?
陸から遠く泳ぎ離れても、際まで戻ってそっと陸に前脚を伸ばしたら、子どもはそこに手を重ねてくれる?
温かな血の流れる、異なる種の美しい生き物。
―wake up

若葉から、朝露の滴が落ちる。
それを冷え切った頬に受けて、私は目を覚ました。
小鳥たちのさえずりが、森に響き渡る。
毎日出会う水色の海獣になっている夢を見てた。
姿の見えなくなったあの生き物を捜しに、私は小舟で漕ぎ出したんだ。
夜更けに眠ってしまったんだね。
それで深く夢を見て、私は少しわかった気がしたよ、君がどんな思いで泳いでいるのかを。

これが夢の中なのかな。
ほんとうはあの海獣が私なのかもしれない。
私は人間になった夢を見てる。
あの生き物は、私を見ていた人間の見ている夢なのかもしれない。

ぜんぶ包んで、ひっくるめて「現実」って名前で呼ぼうと思う。

水面が揺れて、大きく波立つ。
水色の海獣が、なかなかの勢いで泳いでくる。
大丈夫、そんなに慌てなくてもここにいる。
そして私も、小舟でここまで来れるから。

水色の海獣

森を抜けて大海と溶け合う湖に出る。
しんとしたその場所に、きらきらと水の流れる音が響く。
音が大きくなる。

現れたのは、水色の首長竜。
水棲の。
黒目がちの、潤んだ瞳で私を見てる。
悠然と泳いで、水紋を形作る。
均等な、円を描いて。
湖を、大きなキャンバスにして。
なにを考えているか、なにも考えていないのか。
そんなわけない、知性の宿った綺麗な瞳。
口元は、心なしか笑っているようにも見える。

賢くて優しい、儚げで強い、稀有な命。
雪男より哲学的で、UFOより神秘的。

どうしてそこに暮らしているの。
ほかの人に見つかったら危ないよ、
え?危なくないって?
そうだよね、どうしてそんなふうに思ったんだろう。
信じてるんだね、人間を。
好きなんだね、人が。
でも、気をつけて。
私が獲ってしまうかもしれないよ?
なんなのさ、悟ったような顔して。
そんなことしないってわかってる、だって?
買い被るなよ、
ああ、ほんとうに動じないんだね。
まったく強いね、君ってやつは。
ほかに仲間はいるの?
いるけど出てこれない?
そうなんだ。

出逢えたのは奇跡だね、
見つかりたかったのかな、
見つかったのは私のほうかも。
ありがとね、出てきてくれて。

綺麗な水色、なめらかな発色。
それを毎日眺めていたいから、私はここのほとりに住むよ。
泳いでいるところを見ていたいんだ、いつだって。
とても落ち着くから。
安らかな眠りに就ける、毎夜、毎晩。

望ましくない者が、君を狙って遠くから来たら、
私が護ろう。
約束するよ。

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