海水と淡水の混ざるこの場所で ―水色の海獣 another story―

マングローブの林を抜けて、汽水湖へ泳ぎ出る。
皮膚にあたる細かい若葉。
木々の間から木もれびとなって降り注ぐ秋の光。

湖のほとりを歩く人間の子どもと目が合ったのは少し前。
輝く瞳は未来への希望。
若々しい体つき、成熟を拒むような純粋さとあどけなさ。
でも僕は見逃さなかった。
愛らしい瞳のなかに、とてつもなく深い孤独が潜んでいることを。

人間の形をした別物だろうか。
いや、違う。
もはや別物のようになってしまっている人間がいるのを、僕は知っている。
大海に出れば仲間はいるが、僕は陸の際のところで僕たち以外に会うことを楽しんだ。
仲間は言った、「気をつけて、狩られるよ」と声にならない声で。

もう少し近くで見たくて、水際まで泳ぐ。
瞬間、子どもの全体が虹色に光るのを見た。
安全以上、同種未満。
子どもはただ、僕を見ていた。
欲よりも願いの、情けよりも愛の眼差しで。

よく見るとそれは人間の成体で、僕はそいつの魂と出会っていたのだと知る。
まるでまるごと子どものような、ほんとうに。
そのままの、傷つきやすい、まっすぐな、まっさらの、まるいまるいつやめいた魂。

僕を育んだものたちからも、ひとつの世界だけでは生きられないと予言されていた。
子どもみたいな人間は、いつも僕が泳いでいるのを見ている。にこにこしながら。
それでどこまでも泳いでいこうとして、遠く遠く沖の方へ行ってしまいそうになるんだ。
来たほうを見やると、陸が向こうのほうにあってミニチュアの世界が作りものみたいに見える。
かろうじてそこにいるのが見えるのだけれど、僕は急にひとりだって気づく。
慌てて陸に戻ろうとすると、大海原の神様が沖に光を走らせて僕の気を惹こうとする。
ただ陸に面して生き物と交わって、自由に海に戻りたいだけなのに。
青い深い広いどこまでも続く絨毯のようなその海は、その蓋を閉じずにいつでも待っていてくれる?
陸から遠く泳ぎ離れても、際まで戻ってそっと陸に前脚を伸ばしたら、子どもはそこに手を重ねてくれる?
温かな血の流れる、異なる種の美しい生き物。
―wake up

若葉から、朝露の滴が落ちる。
それを冷え切った頬に受けて、私は目を覚ました。
小鳥たちのさえずりが、森に響き渡る。
毎日出会う水色の海獣になっている夢を見てた。
姿の見えなくなったあの生き物を捜しに、私は小舟で漕ぎ出したんだ。
夜更けに眠ってしまったんだね。
それで深く夢を見て、私は少しわかった気がしたよ、君がどんな思いで泳いでいるのかを。

これが夢の中なのかな。
ほんとうはあの海獣が私なのかもしれない。
私は人間になった夢を見てる。
あの生き物は、私を見ていた人間の見ている夢なのかもしれない。

ぜんぶ包んで、ひっくるめて「現実」って名前で呼ぼうと思う。

水面が揺れて、大きく波立つ。
水色の海獣が、なかなかの勢いで泳いでくる。
大丈夫、そんなに慌てなくてもここにいる。
そして私も、小舟でここまで来れるから。