冒険の幕開け ―アリゾナより、祈りを込めて―

オーバーブッキングはラッキーハプニング。

スターフライヤーという名の漆黒の旅客機に乗って、思いがけず、九州へ。私の生まれる10年ほど前にこの世を去った祖父の出生の地。お祖父ちゃん、寄りたかったのかな。
福岡空港で急ぎの乗り継ぎのためお世話になったグランドホステスの美女から一言、「旅慣れてる感じでいらっしゃいますね」。
初めてだぞ、国際線ひとり旅。
ターミナルを渡す古いシャトルバスから見えた高いビルの上の看板には驚きの文字「古着屋 西海岸」。
行くぞー、今から。
外資系航空会社のカウンターでは、年若いスタッフが丁寧に対応してくれた。ちょっと厳しそうな先輩から、搭乗手続きの未完を注意されながら。ごめんね、私が着くのがぎりぎりだったんだよ。

ビジネスクラスってこんなに広いのか。隣のひとに「どうも」とか行って行き先を訪ね合ったりしないのが少し物足りない気もするけれど、なんだか優雅な気持ちでハイネケンをいただく。
機内のアナウンス「Ladies and gentleman, ALO~HA!!」テンションがあがる。
この先にまだまだハプニングが続いていくとも知らずに。

ホノルル空港、湿気の多い南国の風。朝だか夜だかよくわからない頭と身体で入国審査へ。人気のドーナツ店かと思うほどの行列。このあたりから、体調が変化。いつもに増して、思考がついてこない。小一時間、並んだ後にようやく辿り着いた窓口、審査官との英会話。かろうじて通じたが、職務的な質問に対して、世間話で答えていたのは時差ボケのせいか、違うのか。友達が来るまではひとりなので緊張してますが、初めてのことでわくわくしています、みたいな。職業を訊かれて、難しい仕事で苦労もありますが、学ぶことも多いです、とか。

ロスへの乗り継ぎのため、同じ航空会社のカウンターでまた短い行列。そこでは、私の居住地の隣町で暮らしているという米国人男性がにこやかに話しかけてきて、少し和んだ。子どもに英語を教えているという彼は、サイキックなのか、私の身近な事柄に関して言い当てることをした。
順番がきて、カウンターでは衝撃の事実が判明。2回目のフライトチェンジ。今晩ここに泊まるホテルの保証か、ワイキキへのタクシーチケットか、どちらかを選べと。この際どちらもありかとも思ったが、アリゾナ到着の翌日、次の移動を控えていてその航空券は変更不可。事情を伝えると、別の会社の便で直行があるから、とそちらに案内された。移動のために与えられた時間は短く、空腹と眠気が襲うなか、足早に搭乗口へ向かう。
21番ゲート近く、閃きをノートにメモしていたら、上品なシルバーヘアの女性に声をかけられた。何を書いてるのと訊ねられて、見せると親しげに世間話が始まった。彼女はミネソタに帰る途中で、横にいる大柄の男性を「これが私の夫なの」と紹介した。そして最後に、私にphotographのphの発音をレッスンしてくれた。彼女の残した「bless you !」という響きが美しく胸に残っている。写真を出展しているクリエイターズサイトのURLを載せたカードを手渡さなかったことを、後になって少しだけ悔やんだ。

今度は普通のエコノミーの座席の上で、シートベルトに締め付けられながら、我慢の時間が始まった。
時差の計算がうまくいかずに、到着時間だけを知らされて、いったいあと何時間、身体を縮こまらせて同じ姿勢でいなくてはならないのかわからずに、忍耐モードに入る。辛抱という字は辛いを抱くと書くのだと実感をもって味わいながら。到着まで30分を切ったと告げられ、少しだけ、エネルギーが復活した。着陸態勢に入り、ようやく身体を横たえるイメージを持てるようになった。柔らかいベッドで眠るなど、そんな贅沢は貴族の行いのように感じる長い長いフライトだった。

バゲッジクレームはどこかとか、シャトルはどうやって拾うのかとか、大丈夫そうな人を選んで尋ねてみて、親切な人たちの案内と、ちょっとしたジョーク混じりの会話に救われて、ホテルまでもう一息。しんどいけど、意外と体力なんとかなるなとほんの少し元気な雰囲気を取り戻して到着した。
だがしかし、今回唯一、最初の晩だけはと特別に予約していた上等のホテルの、私の予約は消えていた。夜中に、くたくたで、はらぺこで、お風呂にも入れてなくてようやく辿り着いたその場所で。人の良さそうなホテルマンは申し訳なさそうな顔で、何度もパソコン端末を確認し、予約を通した会社に問い合わせるべきだと言った。私をホテルまで運んだシャトルの運転手まで登場して、何人ものスタッフが、あれこ
れ調べたり、予約会社の人と電話で話したりして、とにかく最初の夜に、安全な部屋で滞在できる運びとなった。一刻も早く眠りに就きたいのに、ソファに腰かけて、しばらく身動きを取らなかった。よくわからないけれど、日本を発ってからここまでの全体の出来事を、柔らかいソファの上で、全身に染み渡らせているような、なんとも言えない時間。

町の人々はいまのところとても親切で、旅の印象は楽しい香りがいっぱいだ。
ただ、英語を話す人々がみな自分の先生のわけもなく、話すスピードには容赦がない。周辺の地図を求めると、タオルが手渡された。mapはmopではないのだ。発音の不備を詫びると、ホテルのスタッフは「don’t worry, you’re ok」と言った。
空港のセキュリティチェックで、金属がないのに何度も引っ掛かりタッチされたときにも、同じ言葉をかけられた。温かい笑顔だった。

「You’re ok」その言葉をもらうと、ほわんと心に火が灯る。

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