弛緩、緊張、再び弛緩 ―カリフォルニアより、祈りを込めて―

風は乾いていて、
水はさらりとして、
空はどこまでも広い。
モーテルの敷地には、見たこともない大きさのカモメたちがいて、外の3車線には背の高い椰子の木が果てしなく立ち並ぶ。

―――西海岸。

空港からのタクシーの後部座席、数分もたたないうちから、目の下に痛みが走った。とにかく空気が乾いている。
運転手は、お兄さんからおじさんになりかけの年頃。日本はもっと湿気があるよとか、この町はとても綺麗だから写真をとるにはもってこいだよ、とか世間話をして、ほどなく宿に着く。降り際に渡されたナンバーとファーストネームを書いた紙。明日は忙しいけど、明後日は空いてるから案内するよ、無料でいいから、と人懐こい笑顔。これは、どう判断したものかと一時迷ってしまう。返事を待たずに、タクシーは走り去る。
無料、に期待したくなるのは「チョコレートあげるからついておいで」に引っかかる子どもと同じか。時差の調整が追い付かない頭で、最大限アンテナを張ろうと試みる。
旅先の、人との出会いは際々のところでチャンスとリスクに分かれる。素晴らしいものを拾う絶好の機会と、命の危険は、ときどき隣り合わせ。
今回は、行かないでおくだろう。
ここは銃社会で、私はひとり。
だいたい、無料につられてどうにかなるなんて、目も当てられない。

昔もあったな。免許取得合宿の旅先で、タクシードライバーの誘いで、所有する小型船に乗せてもらって、シュノーケル。友達と一緒だったし、いつも見ていたのとは赴きの違うサンゴや魚を、ものすごい透明度の水中でたくさん見られたし。

やっぱり今は、それとはちがうぞ。
海岸の街では、気の引き締まるような出来事が続く。海際では、少し気が緩みやすいのかも、注意注意。

この国の食べ物は、なんでも大きすぎて、濃い味。毎日身体にいいもの食べれてるんだなあと実感。
なにもかも素敵で、風景も英語も、こういう場所が大好きだけど、私はだしの味が欲しい。
味噌汁でもうどんでもなんでもいいから。少しでいいから。
それに、揚げ物とかピザとか、美味しいけれど、もっとみずみずしくて、新鮮なものを見たり触れたりしたくて、ダウンタウンのマーケットに向かう。

感激。
ただのスーパーなんだけど、すごい量の野菜と果物、でかい肉と、山盛りのシーフード!ひとり分なんて発想のなさそうな売り方だけど、バナナだけは一本売りしてる!「Take me ! I’m single !! 」って書いてある。可愛すぎる、即買い。シングルバナナを2本、ペアにしてバスケットに入れて、鼻歌混じりに巨大なモールを進む。生き生きして、よみがえる私の身体よ、ここ数日の酷使を詫びるよ。ヨーグルト、水、食べたいものは、身体の欲するもの。ここは命の補給ゾーン。スーパーや、商店街に並ぶ生鮮や、食べ物を見ていると元気が出る。

旅先では、その地のものを食べて過ごすと決めてこれまできたけれど、今回は早くも断念。
私はサーモンも大好きなのだ。なんだよ「Tsumami combo big」って、と変なネーミングに心のなかで毒づきながら、つやっと光るサーモンの握りを、ランチにすることにした。海岸を見下ろす位置にあるテラスの、パラソルの下で。眼下のヨットハーバーと、遥か遠くにそびえる赤い山々を眺めながら。なかなかすごい量の寿司をたいらげている間にも、ランニングをするおじいさんや、ヒスパニック系のカップル、犬をつれた中年の女性、いろんなタイプの人たちが、How’s it going? Hi, how are you? と挨拶して通っていく。

なんて気持ちのいい場所なんだろう。

たくさんの人、いろんな人種、気軽なあいさつ、運動する人たち、そこに降り注ぐ陽射しと、やわらかい海風。

ダウンタウンにはいくつものオープンカフェが立ち並び、私は2軒をはしごした。歩きすぎて、足にまめができてしまった。いつも、限度を超えて歩きすぎてしまう。2軒目のテラス席で、一眼に納めたクリアな世界を反芻するように眺めたあと、閃きをメモしていると、斜め前の席にいたおじさんが声をかけてきた。英語は大丈夫かと聞かれ、少しと答えた。おじさんのアドバイスはただひとつ、この素敵なカメラを身体から離して置いてはいけない。肩が凝って、ストラップごと丸テーブルに置いていたのだ。親切なおじさんは、よい旅を、と丸く笑って手を振った。迂闊なところを、助けられた。

帰りのタクシー、運転手はエチオピア出身だという同世代の青年だった。英語は簡単じゃないねと話すと、「practice practice」と言い自分もまだまだ練習中とお茶目な笑顔を見せた。その後、結婚はしてるのかとか、日本の製品はやっぱりいいよとか、質問や、小話をいくつもして、またカモメだらけのモーテルに戻った。
ちいさなことでも、あえて聞いたり、話しかけたり、声かけに応えたり、意識しないと、意外と普段の生活よりもお喋りしまくることの多くないひとり旅。クリーニングを断ったために部屋のトイレットペーパーがもうすぐなくなる。フロントを訪ねて伝えようとするも、またしても「towel?」と聞き返される。もうなにを言っても、タオルの人なんだろうか、私は。

そろそろお酒が恋しくなって、目と鼻の先のリカーショップまで散歩する。ほとんど全ての商品が少なくとも6本パックになっていて、さすがによう買わん。それでもがまんできずに、明らかに大きすぎる、そして太すぎる缶のハイネケンを購入
、しようとするとIDはあるかと問われ、パスポートを提示。日本人は若く見えるから、と店員。

シャワー後のとっておきの楽しみにしていたビール、どうして冷えてないんだろう。どうして冷蔵庫のコンセントが抜けているんだろう。本日も、おあずけ。

気を抜かないで、しっかりするんよ、というメッセージたっぷりの3日目。気づいたら英語を話している瞬間が何度もあった。旅行者として滞在していることに、ほんの少しだけ慣れてきたのかな、というときこそ危ない。運転と同じだ。だいたい、基本危なっかしいんだから、もう少し気を張らないと。

リラックスしたり、気を張ったりして、いつもと違う景色のなかに身を投じて、その地を肌で感じて、電流がびりびりと走るみたいにワクワクして、こうして楽しむ感じは、はじめてのときこそピークなんだよな。世界は大きくて、時間はまだまだありそうだから、何度だって「はじめて」に出会えるね、と自分に言ってあげる。

日が長い。
視界には、こくのある青い空と、カラフルな旅客機。
そこに、大きなカモメたちのランダムな飛翔。
空港を飛び立つ飛行機の音が、スマートホンから流れる素敵な曲をつかの間、かき消す。
この心地よい全体を、くるっとひとまとめにして、キャンディにしたらどんな味がするだろう。
すっきりと甘くて、後味もさわやかで、きっとみんな好きになる。

酔うのはやめて、気持ちよく眠ろう今日は。

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