舵をとる

水平線の向こうに新しい水平線が見える。

それをどこまでも追いかけてきた。
道すがら、たくさんの人に出会い、話し、経験を分かち合い、
穏やかな凪の日も、灼熱の太陽も、極寒の吹雪も。

何年か前、友人が言った。
—-どんどん新しい人に会って、楽しい雰囲気を残して去ってくね。
たしか、そんな言葉だった。
ちょうど職場を変わるときだったから、「おつかれさま」の言い換えだとそのときは思った。
留まる気配を持たず、その先へと進み行こうとする私を彼女はよく見ていたのだろう。
可憐に見えても決して気の弱くない彼女、自分のペースをきちんと作って、実際に彼女はその後も強く逞しく働いて、今はもう独立している。
そうなるまでの間にも何度も時間を共有して、近況を報告して、彼女の発する美しい気を浴びて、私はいつも浄化されているような気分だった。

だから、楽しい雰囲気はお互いさまのこと。
どこかへ向かう途中、たくさんの人や出来事に出くわして、なにか起きて、泣いたり笑ったりして。
長く同行することもあれば、一夜(朝でもいいんだけど)だけ濃密に関わること、雨に濡れて一時的に雨宿りするような知り合い方もある。猛烈な嵐を切り抜けるまでともに過ごす間柄も、甘い甘いトロピカルな風を頬に感じて喜び合うバカンスを楽しむ関係も。
人は誰でも、そうしていろいろなテーマや意味を持って人と知り合って、どこかへ進んで行く。
一緒にいても、それは小舟が寄り添って航行しているようなもので、
自分の船は、自分で舵を取る。

友人は私の航行を見て、
えらいあちこち寄港したり、伴走したりしてせわしないと思ったのかもしれない。
そして、あっという間に姿が見えない距離に去っていくことを感じたのかもしれない。
私の身体はたしかにここに、こうして在るのに。

心地よい寝室を染める黄金の朝陽、夏雲と青空のコントラストに導かれて、そういうものに魅かれて、
むしろ引き込まれて、出掛けずにはいられない。
羅針盤の指し示す、よきものの待つ方向へ。

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